もう15歳だし、ワクチンは体に負担なんじゃないか
うちの子は寝てばかりで外にもあまり出ないのに、まだ打つ必要があるの?
老犬の飼い主さんから、本当によく聞かれる質問です。
大切な愛犬が年を取るほど、「予防のための注射」が体の負担にならないか、心配になるのは自然なこと。
先に結論をお伝えすると——
「高齢だから一律にやめる」でも「一律に打ち続ける」でもなく、その子の体調と生活に合わせて獣医師と一緒に決める。これが答えです。
そして、飼い主さんの判断だけで中止してはいけないもの(狂犬病予防接種)と、相談しながら調整できるもの(混合ワクチン)がある、という区別がとても大切。
この記事では、現役獣医師がその整理と、体調が心配な子のための選択肢まで、わかりやすく解説します。
老犬のワクチン 早見表
先に、この記事の要点をまとめます。
獣医さんどちらも共通して避けたいのは、自己判断でやめてしまうことです。
この記事でわかること
- 狂犬病予防接種と混合ワクチンの違い
- フィラリア予防とワクチンはどう違うのか(よくある勘違い)
- 「高齢だから」で狂犬病予防接種をやめられない理由
- 狂犬病ワクチンを打たないまま放置するデメリット
- もし人や動物を噛んでしまったら、未接種だと何が起きるか
- 混合ワクチンを続けるかどうかの考え方
- 猶予証明書と抗体価検査という選択肢
- 抗体価検査の証明書をホテル・トリミングで活用する方法
- 集合注射と動物病院、どちらで打つかの考え方
- 接種する日の体調管理のコツ


まず整理:ワクチンには「義務」と「任意」がある
ひとくちにワクチンといっても、性質のちがう2つがあります。ここを分けて考えるのが出発点です。
| 狂犬病予防接種 | 混合ワクチン | |
|---|---|---|
| 位置づけ | 法律上の義務(狂犬病予防法) | 任意 |
| 回数 | 年1回 | 種類・生活環境による |
| 防ぐ病気 | 狂犬病 | ジステンパー、パルボウイルス感染症など複数 |
| やめられる? | 獣医師の猶予証明書があれば猶予可 | 獣医師と相談して調整できる |
よくある勘違い:フィラリア予防は「ワクチン」ではありません
ここで、診察室でとてもよくある勘違いをひとつ。
「フィラリアのワクチン、打ってますよ」——そうおっしゃる飼い主さんは少なくないのですが、実はフィラリア予防とワクチンは、まったくの別物です。
- ワクチン:ウイルスなどの感染症に対する免疫を、あらかじめ体につけておくもの
- フィラリア予防薬:蚊が運んでくる寄生虫を、体に入ったところで退治するお薬(毎月の飲み薬やスポット剤、1年効くタイプの注射など)



フィラリア予防には「注射」のタイプもあるので、よけいにワクチンと混同されやすいのですが、仕組みはまったく違うのです。
つまり、こういうことになります。
- 混合ワクチンを打っていても、フィラリアは防げません
- フィラリア予防をしていても、ジステンパーなどの感染症は防げません
- つまり、それぞれ別々に必要なのです
そして、フィラリア予防に「高齢だから卒業」はありません。蚊は、犬の年齢を選ばずに刺しにきます。体力の落ちた老犬こそ、フィラリアに感染したときのダメージは深刻。ワクチンの見直しを考える時期になっても、フィラリア予防は続けてあげてください。
→ 関連記事:【予防できる心臓病!】犬のフィラリア症について
狂犬病予防接種:「高齢だから」だけではやめられません
狂犬病予防接種は、狂犬病予防法第5条で、すべての飼い犬の所有者に年1回の接種が義務づけられています。
ここで知っておいてほしいのは、「高齢だから」という理由だけでは、この義務はなくならないということです。
とはいえ、心臓病や重い持病のある子、体力の落ちた子に、無理に接種すべきだという話ではありません。
そのために用意されているのが、猶予証明書(狂犬病予防注射実施猶予証明書)という仕組みです。
- 獣医師が診察して、「接種が健康上むずかしい」と判断した場合に発行される
- 証明書を市区町村に提出すると、その年の接種が猶予される
- 毎年、診察と判断が必要(基本的には一度発行されたら一生有効、ではありません)
狂犬病予防接種、打たないまま放置すると、どうなる?
「打たない」を猶予証明書なしで続けた場合のデメリットも、知っておいてください。
- 法律違反になる
狂犬病予防法第5条には「犬の所有者は、その犬について、狂犬病の予防注射を毎年一回受けさせなければならない」という接種義務そのものが明記されており、この義務に違反すると20万円以下の罰金の対象になり得ます(同法第27条) - 咬傷事故のとき、立場が一気に苦しくなる(詳しくは次でお話しします)
- ペットホテル・トリミング・ドッグランを利用できない
多くの施設が狂犬病の接種証明(鑑札・注射済票)を求めます - 災害時の同行避難で断られることがある
避難所のペット受け入れ条件に、狂犬病予防接種が含まれていることが多いのです
もし、人や動物を噛んでしまったら——未接種のリスクがいちばん重くのしかかる場面
ここは、あえて詳しくお話しさせてください。
飼い犬が人を噛んでしまったとき、飼い主さんには保健所への届け出と、獣医師による狂犬病の検診(咬んだ犬が狂犬病でないことを確認する診察)を受けさせる義務があります。
このとき、ワクチンを打っているかどうかで、状況は大きく変わります。
⭕️接種済みなら、「狂犬病の心配はまずありません」という前提で、手続きも相手への説明も進められます。
❌️未接種だと、その前提が崩れます。狂犬病の疑いを否定するための経過観察はより厳格になり、手続きは長引き——そして何より、咬まれた相手の不安を、何倍にもふくらませてしまうのです。
これは、想像で言っているのではありません。



実際に、未接種のまま咬傷事故を起こしてしまい、狂犬病の疑いを否定するための経過観察で、何日も何日も病院に通うことになった飼い主さんを診てきました。
そして——通い続けて疑いが晴れれば、それで終わり、ではないのです。
その間も、咬んでしまった相手との話し合いは続きます。「法律で決められた注射を打っていなかった」という事実を前に、その話し合いがどれほどこじれてしまうか。そばで見ていて、胸が痛くなるほどでした。
世の中は、犬が好きな人ばかりではありません。
犬が苦手な人、動物に触れたことのない人にとっては、咬まれたこと自体がもう怖い出来事。そこに「ワクチンを打っていなかった」と知れば、怖さの上に不信感が重なります。
どれだけ丁寧に謝っても、「法律で決まった注射すら打っていなかった飼い主さん」——その一点が、話し合いの空気を決めてしまう。賠償の話になったときも、打っていなかったことは飼い主さん側の落ち度として重く見られるでしょう。
相手が人ではなく、よその犬や猫でも同じです。
咬んでしまった子の接種歴をたずねることになり、飼い主さん同士の話し合いは、打っていなかったというだけで何倍もこじれやすくなります。
「うちの子は噛まない」——本当にそうでしょうか
「うちの子は優しいから、絶対に噛まない」
そう思う気持ちは、よく分かります。実際、ずっと噛んだことのない子なのでしょう。
でも、これだけは知っておいてください。
犬は年齢に関係なく、怖くてパニックになれば噛みます。 今まで一度も人を噛んだことがない子でも、です。
実際、診察室ではこんな場面に出会います。
一度も噛んだことがないはずの子が、病院でキャリーから出されるその瞬間に、大好きな飼い主さんの手を噛んでしまう——犬に悪気はありません。知らない場所、知らないにおい、これから何をされるのか分からない恐怖。
パニックの中では、相手が誰なのかを考える余裕さえなくなってしまうのです。
そして老犬になると、この「怖くてパニックになる場面」が、さらに増えていきます。
- 目や耳が衰えて、近づく人に気づけず、突然触られてびっくりする
- 体のどこかに痛みがあって、触られた瞬間に反射的に口が出る
- 認知機能が衰えて、今どこにいるのか、相手が誰なのか分からなくなる
怖くて、理由が分からなくて、混乱して——気がついたら噛んでしまっていた。
これは性格の問題ではありません。どんな犬にも起こり得ることで、老いはその引き金を増やしていくのです。
だからこそ、「うちの子は大丈夫」を前提にしないでください。
いざという時に愛犬と飼い主さん自身を守るのが、接種または猶予証明書という「正規の手続き」なのです。



予想外なことは、いつでも起こり得ます。
ワクチンや猶予証明書は、その「まさか」の日に、あなたと愛犬を守る保険だと思ってください。
つまり、正しい流れはこうです。
「高齢だから今年は打たない」と自己判断で済ませるのではなく、かかりつけの先生に相談して、打つか、猶予証明書を出してもらうかを決める。この一手間が、法律の面でも、愛犬の健康の面でも、飼い主さん自身を守ってくれるのです。



狂犬病の接種は法律上の義務。体調が心配なら、遠慮なく「猶予できますか?」と聞いてください。
診察して判断するのは、私たち獣医師の仕事ですから。
混合ワクチン:老犬こそ「その子仕様」で考える


ジステンパーやパルボウイルス感染症などを防ぐ混合ワクチンは、法律上の義務ではありません。
だからこそ、老犬では「その子仕様」の判断がしやすいワクチンです。
考える材料は、大きく3つあります。
① 体調と持病
心臓病や腎臓病などの持病がある子、過去にワクチンで体調を崩したことがある子は、接種のメリットとリスクを慎重に天秤にかける必要があります。ここは飼い主さんだけで判断せず、必ず主治医と相談しましょう。
② 生活環境
- ドッグランやトリミングサロン、ペットホテルをよく利用する
- 散歩でほかの犬とよく接触する
そんな子は、高齢でも感染症にさらされる機会が多い暮らしです。
逆に、ほぼ室内で過ごし、ほかの犬との接触がほとんどない子とでは、必要性が変わってきます。ちなみに、ワクチン接種の証明を求めるかどうかは施設によってさまざまですが、最近は接種証明書がないと利用できないトリミングサロンやホテルが増えてきました。
利用予定がある子は、現実的にも接種や検査(後述の抗体価検査)が必要になるでしょう。
③ 免疫の状態——「抗体価検査」という選択肢
「打つ・打たない」の二択の間に、もうひとつの道があります。
抗体価検査——血液検査で、過去のワクチンの免疫(抗体)がまだ体に残っているかを調べる方法です。
- 採血だけで調べられる(ワクチン接種そのものより、体への負担が少ない)
- 抗体が十分残っていれば、「今年は接種を見送る」という判断の根拠になる
- 「打たない」を選ぶ場合も、確かめたうえで選べるのが最大のメリット
- 結果は証明書として発行してもらえる
そして、この検査が本領を発揮するのが、体調やアレルギーの問題でワクチンを打てない子です。
心臓病などの持病がある子、過去にワクチンでアレルギー反応(顔の腫れ、嘔吐、ぐったりなど)を起こしたことがある子は、「打ちたくても打てない」場合があります。
困るのが、ペットホテルやトリミングサロンを利用したいとき。すべての施設ではありませんが、最近はワクチン接種証明書の提示がないと利用できないところが増えてきているからです。
ここで役立つのが、抗体価検査の証明書。
「十分な抗体価がある」ことを証明できると、ワクチン証明書の代わりとして受け入れてくれる施設が増えてきています。
- 利用したい施設に「抗体価検査の証明書でも大丈夫ですか?」と事前に確認する
- OKなら、動物病院で抗体価検査を受けて証明書を発行してもらう
- 有効期間(施設によって「1年以内の検査結果」など条件が異なります)も合わせて確認しておく
検査費用はかかりますが、「負担は減らしたい、でも無防備にはしたくない」という老犬の飼い主さんの気持ちに寄り添える選択肢だと思います。



ワクチンアレルギーのある子の飼い主さんには、抗体価検査をよくご案内しています。
抗体がしっかり残っていることを確認して、それを証明書にする——これも立派な、その子に合った予防のかたちですよ。
狂犬病の集合注射と動物病院、どちらで打つ?
狂犬病ワクチンの打ち方には、大きく2つの選択肢があります。
毎年春に自治体が公園や公民館などで行う集合注射と、動物病院での接種です。
集合注射のメリット
いちばんの魅力は、手軽さです。
会場によっては、接種から注射済票の交付手続きまで、その場で一気に完了できます。自分で市区町村の窓口に行く手間が省けるのは、忙しい飼い主さんにはありがたいところ。
集合注射のデメリット——知っておいてほしい2つのこと
ただ、集合注射には知っておいてほしい面もあります。
① 保定(注射の間、犬を押さえること)は飼い主さん自身がする
会場では、注射のあいだ愛犬を支えて押さえるのは、基本的に飼い主さんの役目です。
慣れない場所、まわりには知らない犬がたくさん、そこへ注射——怖がりの子には、かなりのストレスがかかる状況です。緊張した犬は思わぬ力で暴れることがあり、保定に慣れていないと、犬にも飼い主さんにも危険が及ぶことも。
② その子の「カルテ」がない
会場の獣医師は、その子の持病や過去のアレルギー歴、ふだんの体調を知らないまま接種することになります。
簡単な問診はありますが、かかりつけの病院のように「この子は心臓が悪いから慎重に」「前回少し腫れたから今回は様子を見よう」という、ヒストリーをふまえた判断はできないのです。
怖がりの子・持病のある子は、病院での接種を
だからこそ、こんな子は動物病院での接種を検討してみてください。
- 怖がり・緊張しやすい子(保定はスタッフに任せられ、落ち着いた環境で打てます)
- 持病のある子・高齢の子(カルテをふまえて、診察してから打つか判断できます。そのまま猶予証明書の相談もできます)
- 過去にワクチンで体調を崩したことがある子(万一の変化にもすぐ対応できます)
かかりつけの病院なら、接種のついでに気になることを相談できるのも、シニア期にはうれしいところ。
なお、病院で接種した場合の注射済票の手続きは、病院が代行してくれるところと、飼い主さんが市区町村に届け出るところがあります。会計のときに確認しておくとスムーズです。



集合注射は手軽で良い仕組みですが、シニアの子や持病のある子は「診察してから打てる」病院接種のほうが安心です。かかりつけなら、その子の歴史を全部知ったうえで判断できますからね。
接種する日の、体調管理のコツ
ワクチンを接種すると決めた日は、少しの気配りで負担を減らせます。
- 体調のいい日を選ぶ(下痢をしている、食欲がない日は延期する勇気を)
- 午前中の接種がおすすめ。万一、夕方に体調が変化しても、病院の診療時間内に相談できます
- 接種後は激しい運動やシャンプーを避けて、その日は安静に
- 顔の腫れ、嘔吐、ぐったりするなどの様子があれば、すぐに病院へ連絡
接種のあと少なくとも30分〜数時間は、そばで様子を見られる日を選ぶと安心です。
よくある質問



ここからは、診察室でよく聞かれる質問にお答えしますね。
- 15歳です。もうワクチンをやめてもいいですか?
-
年齢だけでは決められません。狂犬病予防接種は法律上の義務なので、体調が心配なら猶予証明書の相談を。混合ワクチンは、体調・持病・生活環境をふまえて一緒に考えましょう。「やめる」を選ぶにしても、獣医師と相談して選んだ「やめる」であってほしいのです。
- ワクチンをやめたら、トリミングやペットホテルは使えなくなりますか?
-
施設によりますが、最近は接種証明がないと利用できないところが増えているため、使えなくなる可能性があります。ただ、十分な抗体価があるという検査証明を、ワクチン証明書の代わりに受け入れてくれる施設も増えてきました。体調やアレルギーで打てない子は、この仕組みの出番です。利用予定の施設に「抗体価証明でも大丈夫ですか?」と事前に確認してみてください。
- 猶予証明書はどうすればもらえますか?
-
かかりつけの動物病院で相談してください。診察のうえで、接種が健康上むずかしいと獣医師が判断すれば発行されます。発行後は、お住まいの市区町村への提出まで忘れずに。
- 混合ワクチンを打っているので、フィラリアの予防はしなくても大丈夫ですよね?
-
いいえ、それは別物です。混合ワクチンはウイルスなどの感染症に免疫をつけるもの、フィラリア予防薬は蚊が運ぶ寄生虫を退治するお薬。どちらか一方では、もう一方の代わりになりません。そしてフィラリア予防に「高齢だから卒業」はないので、シニアになっても続けてあげてください。
- 高齢になってからワクチンで具合が悪くなることはありますか?
-
どの年齢でも、ワクチン接種後に体調が変化する可能性はゼロではありません。だからこそ、体調のいい日・午前中の接種・接種後の安静という基本が、老犬ではいっそう大切になります。過去に体調を崩したことがある子は、必ず事前に申告してください。
まとめ:やめるにしても「相談して選ぶ」
最後に、この記事の要点をまとめます。
- 狂犬病予防接種は法律上の義務。高齢を理由にやめるには、獣医師の猶予証明書が必要
- 未接種のまま放置すると、罰金の対象になり得るうえ、咬傷事故・ホテル利用・災害避難で困ることに
- 混合ワクチンは任意。体調・持病・生活環境でその子仕様に考える
- 「打つ・打たない」の間に抗体価検査という選択肢がある。十分な抗体の証明はワクチン証明書の代わりになる施設も。打てない子こそ上手に活用を
- 接種する日は、体調のいい日の午前中に。接種後は安静に
- いちばん避けたいのは、自己判断で何となくやめてしまうこと
ワクチンをどうするかは、老犬の飼い主さんが必ず一度は悩むテーマです。
その悩みは、愛犬を大切に思うからこそのもの。だからこそ、ひとりで抱えずに、かかりつけの先生と一緒に「うちの子にとっての正解」を選んでください。











